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 武楽茶店(むらくちゃいはな)とは 「武庫之荘を楽しむ茶店」という意味。
ちゃいはなとは中央アジアやパキスタン、アフガニスタンでよく見られるお茶を飲んで交流する喫茶店をさします。

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since 2003/9/18

 

クチコミ情報

 

神崎川

尼崎の東の端、神崎川は784年の長岡京遷都をきっかけとして淀川と結ばれ、都と西日本を結ぶ主要水路として大いに発展し、重要な地位を占めていたため、数々の歴史的史跡が残っています。なにわ自転車道の対岸にあたります。こちらは自転車道として整備されているわけではありませんので走行時には十分注意ください。河川の増水時は通行禁止です。また、夜間の走行も危険です。

まず、左門橋からスタートです。寺江亭跡は、平清盛のもとでの権力者であった、五条大納言藤原邦綱の別荘でした。塩野義製薬工場建築のとき、礎石が採取され、跡地と推定されています。神崎川の河尻の港に位置した別荘には、京と西国を移動する貴人たちが訪れていました。川から直接邸内に船に入ったまま入ることができ、建物の豪華さは京都の屋敷にひけをとらないと記録されています。MAP

柳原緑地

尼崎在住・在勤者が無料で利用できるテニスコートがあります。申し込みは、1ヶ月前から受付。06-6489-6534(公園課)予約受付時間は平日午前9:00〜正午 利用時間帯は7:00〜日没まで2時間単位で1日1回。

ここでいったん、神崎橋から下におります。神崎一心地蔵尊があります。

尼崎藩領境界碑(西川八幡神社前)

大阪の西の守りとして重要な役割を担っていた尼崎藩。この領界碑は、1985年注連柱の移設中に発見され、旧西川村にあった3基(旧字樋ノ口・新堤・山ノ下)のうちの樋ノ口にあったものと考えられます。同村は旧中国街道筋にある尼崎藩領でした。市域内には藩領と他領が入り混じる入組領が多くできました。碑文は全長240cm、幅18.5〜20cmの花崗岩立柱型で、字体・寸法はこれまで確認された尼崎藩領界碑と全く同系です。この碑では「他領」が異体字の「佗領」と刻まれています。MAP

再び神埼川に戻ります。神崎の渡しが存在した場所にある金比羅さんの石灯篭です。金比羅大権現は、讃岐国(香川県)の金刀比羅宮に祀られた海上守護神で、早くから船乗りの信仰を集め、神崎の津では、航海の安全を祈念しました。灯台の役割をもつものです。願主岸田屋治兵衛を中心に神崎の津にあった問屋・仲間・宿屋などで働く人々から寄付が集められ、1804年頃建て替えられたものです。着船場に近い堤防上にありましたが、堤防工事のため現在の場所に移設、保存されています。MAP

河川敷には葭島公園があります。

再び神埼川を降りて、新幹線を越えると、遊女塚があります。瀬戸内海方面から京に至る船泊が神崎に停泊するようになり、神崎宿とともに、次第に河口の港町として繁栄し、「天下第一の楽地」と呼ばれるようになります。遊女たちは今様など諸芸を泊客に披露し、宴遊に興じる人々でにぎわっていました。法然上人が讃岐国(現在の香川県)に配流される途中、法話を聞いて罪業の深さを恥じて神埼川に入水した五人の遊女をしのんで立てられたものです。
碑面表面に「南無阿弥陀佛」の名号と、その両側には「阿弥陀佛という女の塚の極楽ハ発心報土のうちの春けき」と刻まれ、側面には元禄5年(1629)6月の年紀銘、裏面には遊女五人の名(吾妻・宮城・刈藻・小倉・大仁)が刻まれています。MAP

 

 

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